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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)1948号 判決

判  決

東京都荒川区尾久町八丁目一三四一番地

原告

瀬田千代

(ほか三名)

右四名訴訟代理人弁護士

山下豊三

同都北区東十条三丁目一〇番地

被告

前田彦太郎

同所同番地

被告

前田すゑ

同都北区中十条一丁目三一番地前田荘アパート内

(以下の被告に共通)

被告

諸麦稔

以下の被告省略

右二〇名訴訟代理人弁護士

松島政義

右当事者間の昭和三四年(ワ)第一九四八号建物収去土地明渡等請求事件につき、当裁判所は、昭和三五年九月三〇日終結した口頭弁論に基き、次の通り判決する。

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告前田彦太郎、同前田すゑは、原告らに対し、別紙目録(一)記載の建物を収去して、その敷地たる別紙目録記載の宅地一〇〇坪を明渡し、かつ昭和三四年三月一日以降明渡済みにいたるまで、一ケ月金二、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金を支払うべし。」「被告前田彦太郎、同前田すゑを除くその余の被告らは、それぞれ原告らに対し別紙目録(一)記載の建物のうち各占有に係る別紙図面記載の各室より退去して、別紙目録(二)記載の宅地のうち各室の敷地約四坪(被告新井繁については約八坪)を明渡すべし。」「訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告らの先代亡高木ちかの先代であり、原告らの先々代にあたる亡高木喜一は、昭和二四年二月その所有に係る別紙目録(二)記載の宅地を訴外帝国製麻株式会社に賃料一ケ月四〇〇〇円毎月二五日払いの定めで賃貸し、同訴外会社は、右宅地上に別紙目録(一)記載の建物を所有していた。

二、昭和三二年九月九日、当時高木ちかは、高木喜一の相続人として本件宅地の所有権者であり、前項の賃貸借契約における賃貸人たる地位の承継者であつたが、帝国製麻株式会社は、高木ちかに無断で、本件建物を被告前田彦太郎、同前田すゑに譲渡して、本件宅地の賃借権を右被告両名に譲渡した。

三、右賃借権の譲渡は、賃貸人高木ちかの承諾なしに行われたものであるから、被告前田彦太郎、同前田すゑは、本件宅地の賃借権を以て高木ちか並びにその後の本件宅地の所有権者に対抗することはできない。しかるに、右被告両名は、本件宅地上に本件建物を所有して、本件宅地を不法に占有し、その所有権者に対し一ケ月につき、金二、〇〇〇円の賃料相当額の損害を蒙らしめている。

四、被告前田彦太郎、同前田すゑは、本件建物をアパートとして、右被告両名を除くその余の被告らに各賃貸し、同被告らは、請求の趣旨記載の通り、本件建物のうち各室を占有することにより本件宅地のうち、右各占有部分に相当する宅地を占有している。しかしながら、被告前田彦太郎、同前田すゑの本件宅地の占有は、不法占有であるから、その余の被告らの右占有も不法占有である。

五、高木ちかは、昭和三五年四月二九日死亡し、原告らは、相続により、高木ちかの権利義務を共同して承継した。

六、よつて、原告らは、被告らに対し請求の趣旨記載の通りの判決を求めるため本訴に及んだと述べ、被告らの答弁事実を否認し、

立証(省略)

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告ら主張の請求原因事実のうち、原告らの先代亡高木ちかの先代亡高木喜一は、昭和二四年二月その所有に係る本件宅地を訴外帝国製麻株式会社に賃貸し、同訴外会社は、その地上に本件建物を所有していたが、昭和三二年九月九日、被告前田彦太郎同前田すゑに本件建物及び本件宅地の賃借権を譲渡したこと、右譲渡当時、高木ちかが本件宅地の所有権者であり、賃貸人であつたこと、被告前田彦太郎、同前田すゑは、本件建物をアパートとして右被告両名を除くその余の被告ら(被告有安恭子を除く)に賃貸していること並びに原告らの相続関係及び被告有安を除く被告らの本件宅地の占有関件が原告ら主張の通りであることはいずれも認めるが、その余の点は否認する。

二、本件宅地の賃借権の譲渡については、賃貸人高木ちかの承諾があつた。すなわち、(イ)帝国製麻株式会社は、昭和三二年四月頃本件宅地の管理人である訴外前田不動産株式会社(代表者被告前田彦太郎)を通じ、高木ちかの代理人である原告高木賢三郎から、本件建物を他に売却して、本件宅地の賃借権を譲渡することの承諾を得た。(ロ)仮に、右承諾がなかつたとしても、被告前田彦太郎、同前田すゑ(彦太郎の妻)は、本件建物の買手が容易に見付からなかつたことと、帝国製麻株式会社が売り急いでいたため、同会社の要請に応じて、ひとまず、本件建物を被告すゑ名義で買い受け、修繕をした上、あらためて買手を物色することとし、万一買手がなかつたときは、自らアパートとして収益をあげることを考え、この計画を高木賢三郎に話して、右被告両名が本件建物を引続いて保有する場合は、本件宅地の賃借権を右被告両名が譲受けることを承諾されたいと申し出たところ、高木賢三郎はこれを承諾した。尤も、高木賢三郎は、右(イ)の承諾をなした際は、右承諾について、譲受人が名義書換料として金五〇〇、〇〇〇円を支払うことの条件を付し、右(ロ)の承諾をなした際は、承諾の条件として、譲受人が被告前田彦太郎、同前田すゑ以外の者である場合は、前記(イ)同様の条件を付し、譲受人が右被告両名である場合は、右被告両名と高木ちかとの従来の関係、すなわち、本件宅地の管理人は、前田不動産株式会社であること等を考慮して、名義書換料の額を明示せず、後日決定することとした。しかして、賃借権の譲渡の承諾に条件を付した場合は、承諾は、無条件の承諾として有効であると考えるべきであるから前記(イ)、(ロ)の承諾は、承諾として間然するところはない。仮に、賃借権譲渡の承諾につき、停止条件附承諾なるものが有効であると解すべきものとしても、右被告両名は、高木賢三郎と名義書換料の額につき交渉を重ねた末、昭和三四年二月一二日頃両者間にその額を金二〇〇、〇〇〇円とする旨の協定が成立した。したがつて前記(ロ)の承諾の条件は成就した。

三、仮に、本件宅地の賃借権の譲渡につき、賃貸人高木ちかの承諾がなかつたとしても、本件宅地の賃借権の譲渡は背信行為とはいえず、契約解除権は発生しない。

すなわち、譲受人たる被告前田彦太郎、同前田すゑは、多年高木ちかの信任をうけ、被告前田彦太郎が代表取締役である前田不動産株式会社は、本件宅地の管理人であるから、右被告両名は、本件宅地の賃借人として、高高木ちかの信頼をうけるに足りる適格を有している、一方、高木ちかは、一万坪以上の宅地を所有し、地代取立を目的に貸地をしている大地主であつて、従来からも借主の交替は常にこれを認めていたものである。したがつて、帝国製麻株式会社のなした本件宅地の借地権の無断譲渡は、地主と借地人間の信頼関係を裏切る行為とはいえず、このような場合においては、原賃貸借関係については、解除権は発生せず、賃借権譲受人と賃貸人との間には原賃貸借契約と同様な賃貸借が存するに至るものである。

四、仮に、以上の点が全く理由がないとしても、原告らの主張は、権利の濫用若くは信義則違反として許すべからざるものである。すなわち、原告高木賢三郎は、本件宅地の賃借権譲渡につき、名義書換料の授受が終了していないのにつけ込んで、被告前田彦太郎、同前田すゑが原告らとの間に円満な紛争の解決を希望して努力しているにも拘らず、名義書換料として金二、〇〇〇、〇〇〇円を要求している。

右金額は、新らたな賃貸借契約の場合ならば格別、賃借人の交替の場合としては著しく巨額なものとして許されるべきものではない。原告らは、法外な金額を要求して、賃借権の譲渡の承諾を拒絶しているのであるから、このような主張は、権利の濫用、若しくは信義則違反であると云わねばならない。と述べ、立証(省略)

理由

原告らの先代亡高木ちかの先代であり、原告らの先々代にあたる亡高木喜一は、昭和二四年二月その所有に係る本件宅地を訴外帝国製麻株式会社に賃貸し、同訴外会社は、その地上に本件建物を所有していたが、昭和三二年九月九日、被告前田彦太郎、同前田すゑに譲渡し、同時に、本件宅地の賃借権も右被告両名に譲渡したこと、並びに、右譲渡当時、高木ちかが本件宅地の所有者であり、賃貸人であつたことは当事者間に争いがない。

(証拠)を綜合すると次の通り認めることができる。

帝国製麻株式会社は、昭和三二年四月頃、社員寮として使用していた本件建物を売却し、新たに社員寮を建築する計画で、本件宅地を高木ちかのために管理していた前田不動産株式会社に対しその計画を伝え、建物売却に伴う本件宅地の賃借権の譲渡につき、名義書換料は譲受人が負担とすることとして、賃貸人高木ちかの承諾を得られたき旨依頼した。前田不動産株式会社の代表取締役である被告前田彦太郎は、高木ちかの代理人である原告高木賢三郎に右依頼の趣旨を告げて、賃借権譲渡の承諾を求めたところ、原告高木賢三郎は、本件宅地には建物があるのであるから賃借権を譲渡することは止むを得ないが、名義書換料として金五〇〇、〇〇〇円を譲受人から徴収して貰いたいと云つたので、被告前田彦太郎は、その旨を帝国製麻株式会社に伝え、同会社の依頼をうけて、本件建物の買手を物色したが、建物が古いことと同会社の社員が居住していたことのため適当な買手が見付からなかつた。一方、帝国製麻株式会社は、建物を売り急いでいたので、被告前田彦太郎は、一応本件建物を、その妻である被告前田すゑ名義で、右被告両名の共有として買い受け、これを修理した上で、他に売却することとし、昭和三二年九月頃、原告高木賢三郎に対し右意図を話した。原告高木賢三郎は、これを了承したが、その際、本件建物を他に売却するときは、名義書換料として金五〇〇、〇〇〇円を必要とするが、買手が見付からぬため被告前田彦三郎、同前田すゑの所有として保有する場合は、名義書換料についてはなお考慮することとして、明確な金額を決定しなかつた。被告前田彦太郎は、昭和三三年四月頃から本件建物の修理にとりかかり相当多額の修理費をかけて修理を終えて、更に買手を物色したが、適当な買手がなかつたので、被告前田彦太郎、同前田すゑは、本件建物を同被告両名の共有として、アパートとして使用収益することとし、原告高木賢三郎と本件宅地の賃借権の名義書換料の額について交渉をしたが、両者間に協議がととのわなかつた。

以上の通り認めることができる。

(中略)他に右認定に反する証拠はない。

右認定によると、高木ちかの代理人である原告高木賢三郎は、本件宅地の賃借権の譲渡につき、(イ)昭和三二年四月賃借人帝国製麻株式会社に対し譲受人が名義書換料として金五〇〇、〇〇〇円を支払うことを条件として、承諾を与え、(ロ)昭和三二年九月被告前田彦太郎に対し同被告及び被告前田すゑが譲受人となる場合は、名義書換料は必要とするが、その金額は、両者間で後日決定することとして承諾を与えたものであると云える。

そこで、右(イ)及び(ロ)の承諾の効力を考えるに、

賃貸人が賃借人に対し、譲受人が未だ確定していないときに、譲受人が一定金額の名義書換料を支払うことを条件として、賃借権譲渡の承諾を与えた場合は、右承諾は停止条件付承諾として有効であるが、賃貸人が、譲受人が既に確定しているときに、賃借人または譲受人に対し、名義書換料は必要とするが、その額を明示せず、後日賃貸人と譲受人との間の協議によつて決定することとして、賃借権譲渡の承諾を与えた場合は、右承諾は、無条件の承諾と解する。

右の見解に立てば、本件宅地の賃貸人高木ちかの代理人である原告高木賢三郎が、本件宅地の賃借権の譲渡につき、(イ)昭和三二年四月賃借人帝国製麻株式会社に対して与えた承諾は、停止条件付承諾として有効であるが、前記認定の通り条件不成就によりその効力は発生するに至らなかつた。しかしながら(ロ)同年九月被告前田彦太郎に与えた承諾は、無条件の承諾として有効である、したがつて、その後両者間において名義書換料の額について、協定が成立しなかつたことは、前記認定の通りであるが、そのことは、右承諾の効力に何らの影響を与えるものではなく、被告前田彦太郎、同前田すゑは、本件宅地の賃借権を以て賃貸人高木ちかに対抗し得たものといえる。

高木ちかは、昭和三五年四月二九日死亡し、原告らは、相続により高木ちかの権利義務を共同して承継したことは当事者間に争いがない。

してみると、被告前田彦太郎、同前田すゑは、本件宅地の賃借権を原告らに対抗することができるから、右被告両名が本件宅地を不法に占有することを前提とする原告らの被告に対する請求は、その余の点の判断を待たず全て失当であること明白である。

よつて、原告らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

東京地方裁判所民事第六部

裁判官 西 山  要

物件目録(省略)

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